きもち。
はるちゃんは小学1年生。毎朝、同じ地区にいる大きなお姉さんやお兄さんと一緒に元気に学校に通っています。
でも、最近のはるちゃんは少し変です。ママに理由を聞かれても答えません。
何かを隠すようにさっさと自分の部屋へ行ってしまいます。
ママは心配になって学校の先生に理由を尋ねに行きました。
「先生、最近はるかの元気がないみたいなんですが、何か変わったことはありませんか?」
「学校ではとても元気ですよ。休み時間も校庭でみんなと仲良く遊んでいるし、授業もよく手を挙げてくれますよ。」
先生はママの心配をなくすように言います。
「そうですか・・・。」
ママはそれを聞いてすこし安心しました。
「一度、授業を見てみますか?」
そういうと、先生ははるちゃんのクラスへママを案内しました。
はるちゃんのクラスは国語の授業をしていました。
「この漢字の読み方がわかる人はいませんか?」
「はい!はい!」
子供たちから一斉に手が挙がります。もちろんその中には、はるちゃんの手もありました。
「では・・・森さん。」
「はい。」
元気よくはるちゃんが立ち上がります。
(言い忘れましたが、はるちゃんの苗字は森というんです。)
「いきる、です。」
「はい、その通りですね。よく出来ました。」
ママは、はるちゃんの元気な姿を見てほっとしました。
そのときです。はるちゃんの様子が少し変わりました。窓の方に向かってしきりに何か話しています。
「あの、はるかは何をしているんですか?」
ママは先生に尋ねます。
「私にもわかりません。はるちゃんに一度尋ねたことがあるんですけど、ただ、友達がいるとしか答えないんです。」
ママと先生が話をしている間もはるちゃんは笑いながら話を続けています。
「そうですか。」
そういうとママは先生にお礼を言って帰っていきました。
その日の夕方、はるちゃんが学校から帰ってきました。
「ただいま。」
小さな声ではるちゃんが言います。
「はるちゃん、ちょっとこっちへ来てくれない?」
ママがはるちゃんを呼びました。はるちゃんはなんだろう?と思いながらママの所へ行きます。
「なあに?」
「今日、国語の時間に誰とお話してたの?」
ママがゆっくりとした口調で聞きます。
「・・・いいたくない。」
はるちゃんはそっぽを向いて答えようとしません。
「ママは、はるちゃんのことを心配して聞いてるの。答えてくれないかな。」
ママがもう一度聞きます。
「だれにもいわない?」
真剣な顔をして、はるちゃんがママをじっと見つめます。
「うん、約束する。」
「ぜったいだよ。あのね、けんたくんとおはなししてたの。」
「けんたくん?」
「うん。おなじクラスではるかのおともだちだよ。けんたくんね、はるかのしらないことをたくさんしってるんだよ。」
「でも、はるちゃんが見ていたのは窓の方でしょ?」
「それは・・・えっと・・・。」
「ゆっくりでいいからね。」
「あのね、けんたくんね、みんなからなかまはずれにされてるの。みんなはけんたくんがはなしかけてもしらんぷりしてお顔もみないんだよ。だからはるかといっしょにいるの。」
ママは困ってしまいました。ママは、はるちゃんが嘘をついているとは思えません。でも、ママには健太君の姿が見えないのです。
「そうなんだ。わかった、おやつを食べてきていいわよ。」
はるちゃんは嬉しそうな顔をして台所へ行きました。
次の日、もう一度ママは学校へ行きました。そして、はるちゃんの行っていたことを先生に全部話しました。
すると、先生の顔が急に困ったような、怒ったような顔になりました。
「健太君と言ったんですね。そしてはるちゃんにしか見えない。」
「ええ。先生、心当たりがあるんですか?」
ママは驚いた顔をしています。
「ない、といったら嘘になってしまいますね。」
「話していただけませんか?」
「5年ほど前、村上健太くんと言う生徒がいました。5年生だった健太君は、活発でいつも元気な男の子でした。でも、ある日、学校の帰りに居眠り運転をしていたトラックにはねられたんです。」
「亡くなったんですか?」
「いえ、奇跡的に助かりました。でも、打ち所が悪かったらしく植物状態になってしまったんです。意識は今も戻らないまま、市立病院に入院しています。」
「・・・では、はるかが話をしているのは幽霊だとでも言うんですか?」
「幽霊だとは言っていません。でも、健太君しか考えられないんです。今までにこういうことがなかったものですから。それにとても学校が好きな子だったので・・・」
「少し考えさせてください。」
そういうと、ママは家へ帰ってしまいました。
家に帰ってからも、ママはとても悩んでいました。健太君は幽霊、でもはるかの友達・・・いろいろなことが頭の中でぐるぐる回っています。
夕方になって、はるちゃんが家に帰ってきました。
「はるちゃん、健太君っていつもどこにいるの?」
「わかんない。あたしががっこうにいくといて、かえりはあたしをこうもんのところでみおくってくれるの。」
「そうなの・・・。はるちゃん、ママのお話聞いてくれる?」
このとき、ママははるちゃんに全部話すことに決めました。
「なあに?」
「はるちゃんが仲良くしてる健太君がオバケだったらどうする?」
「オバケ・・・?オバケでもけんたくんはかわらないもん。はるかのおともだちだよ。」
「そうね。たとえオバケでもお友達だもの。」
「うん、はるかね、けんたくんともっとなかよしになりたいの。」
すこし照れながらはるちゃんがママに向かって言いました。
「じゃあ、本物の健太君に会いに行こうか。」
「ほんもの・・・?いままでのけんたくんはニセモノなの?」
「う〜ん、もちろん今までの健太君も本物よ。でも、今までの健太君ははるちゃんに会いたいっていう気持ちだけ学校に来てたの。だから、気持ちだけじゃなくてちゃんと顔を見てお話したくない?」
「したい!」
次の日曜日、ママとはるちゃんは市立病院に行きました。
「村上健太君という子が入院してると思うんですが、何号室ですか?」
「506号室です。面会時間は4時までなので守ってください。」
「わかりました。」
はるちゃんとママは506号室に向かいました。
「あのお・・・」
恐る恐る、はるちゃんがドアを開けます。
「はい、どちら様?」
けんたくんのお母さんが驚いた顔をしてこっちを見ています。
「森といいます。健太君のお見舞いに来たのですが。」
ママが挨拶をすると、健太君のお母さんは優しい顔になりました。
「そうですか、ありがとうございます。話し掛けてやってください。」
はるちゃんが健太君の枕元に駆け寄ります。
「けんたくん、はるかだよ。わかる?」
一生懸命話し掛けますが、健太君からの返事はありません。
「おきてよ。」
揺すってみますが、健太君は起きません。
「ママ、どうしてけんたくんはおへんじしないの?」
はるちゃんは泣きそうになってママに尋ねます。
「健太君はね、長い間眠っていて今起きようって頑張っている最中なの。」
「でも、がっこうにきたけんたくんはげんきだったよ?はるかともいっぱいあそんでくれたよ。」
はるちゃんは必死になって言います。
ママははるちゃんの一生懸命な姿を見て、困ってしまいました。そしてママは、また次の日曜日に来ることにしました。
「はるちゃん、おうちへ帰ろっか。」
「なんで?もっとお話したいよ。」
はるちゃんは帰りたくなさそうです。
「いままで眠ってたのに急にはるちゃんがたくさんお話するとけんたくんも疲れちゃうでしょ?また次の日曜日に来よう。」
「こんどのにちようび、ぜったいだよ。」
「約束する。」
そして健太君のお母さんに挨拶をすると家に帰っていきました。
家についてからママははるちゃんに尋ねました。
「健太君にあえて嬉しかった?」
「うん。でも、はるかばっかりおはなししてちょっとつまんない。はるかのことわすれちゃうかもしれないし。」
「忘れたりしないわよ。だってはるかと健太君はお友達でしょ?一回お友達になったら絶対どこかで覚えてるはずだから大丈夫。」
それを聞いてはるちゃんは嬉しくなりました。
次の日曜日も、その次の日曜日もはるちゃんはママと健太君に会いに行きました。そして病院に通うようになって数ヶ月がたったある日、いつものようにママと2人ではるちゃんは病院に行きました。
そして病室に着くと、いつものように枕元で話し始めました。
「はるかちゃん、はるかちゃんが健太に頑張れって一生懸命応援したら起きるかもしれないわ。」
健太君のお母さんがはるちゃんに言います。
「ほんとう?」
はるちゃんの顔が笑顔に変わります。
「けんたくん、はるかね、けんたくんの本当の声が聞きたくてびょういんに来てるんだよ。前みたいにお話するだけじゃなくて、もっといろんなことして遊びたいの。てつぼうとかブランコとか・・・だから早く起きてほしいな。」
すると、急に健太君のお母さんの様子が変わりました。信じられないことが起こったような、そんな顔をして健太君の横にある機械を見ています。それを見て、ママは尋ねました。
「どうかされたんですか?」
「いえ、機械のグラフがいつもと違うみたいなんです。こんなに大きく振れたことは今まで無かったものですから・・・先生を呼んできますね。」
そういうと、慌てて病室を出て行きました。
「はるちゃん、もっとけんたくんにお話してあげて。」
「うん。」
はるちゃんはけんたくんにいろいろなことを話しています。ママと一緒にお菓子を作ったこと、体育の時間に跳び箱が飛べるようになったこと、時々一人で寂しくなってしまうこと・・・。
先生が小走りに病室へやってきました。そして健太君に聴診器を当てたり、目を見たりしています。そして、健太君のお母さんに言いました。
「お母さん、落ち着いて聞いてください。健太君の意識が回復しようとしています。もっと大きな声で呼んであげてください。」
「はるかちゃん、もっと大きな声で健太の名前を呼んであげてくれる?」
「いいよ。」
「けんたくん、おきてよ。はるかばっかりおはなししてけんたくんはちっともおはなししてくれないなんて、はるか、あきてきちゃったよ。」
はるちゃんが今まで以上に大きな声で話し掛けます。そんなはるちゃんの横で健太君のお母さんも一緒に健太君の名前を呼びます。
すると健太君が苦しそうな顔をしています。
「だいじょうぶ?」
心配そうな顔をして、はるちゃんが体をゆすりました。すると、健太君の目がパチっと開いてこっちを見ました。
「健太・・・」
健太君のお母さんは涙で顔がくしゃくしゃです。
「母さん・・・俺、今まで何してたの?」
「今までずっと寝てたのよ。心配したんだから・・・」
「そっか・・・ところで君は誰?」
珍しいものでも見るような目ではるちゃんを見ます。
「はるかだよ。けんたくん、はるかのことおぼえてないの?」
はるちゃんは今にも泣きそうな顔で聞き返します。
「ごめん・・・わからないんだ。」
すまなさそうな顔ではるちゃんのほうを見ます。
「いっぱいおはなしたのに、それもわすれちゃったの?」
そういうとはるちゃんはママに抱きついて泣いてしまいました。
「ごめん。でも、どこかで会ったような気がする。そういえば、俺、夢を見たんだ。」
「夢?」
みんなが不思議そうに聞き返します。
「俺は学校でいるんだ。それで毎日女の子と話をする。みんなは俺のことを無視するのに、その女の子だけは俺と変わらないで話をしてくれるんだ。その女の子が誰かまでは思い出せないけど・・・。」
それを聞いてはるちゃんは泣くのをやめました。
「はるちゃん、健太君ははるちゃんのことを覚えてるみたいよ。」
ママがそっとはるちゃんに言います。
「うん。」
「これからまたはるちゃんを思い出すかもしれないし、わからないままかもしれないわ。でも前にはるちゃんに言ったよね、はるちゃんと健太君はお友達でしょ?」
「うん。いっかいおともだちになったらぜったいどこかでおぼえてるはずだっていってた。」
「そうよ。だから今は思い出せなくても仲良しになれるって決まってるんだから慌てなくてもいいんじゃないかな。今までみたいにお話に来たらいいじゃない。」
「さあ、健太君も疲れてるだろうから、今日は帰ろっか。」
「うん、けんたくん、またくるね。」
笑顔で挨拶をすると帰っていきました。
それから、はるちゃんは学校が終わると毎日病院へ行きました。そしてその日会ったことや、自分のことを出来るだけたくさん話しました。
「はるかちゃん、質問してもいいかな。」
健太君がはるちゃんの顔を見ます。
「なあに?」
「はるかちゃんが知ってる俺って、どんな風だった?」
「えっとね、あかるくて、やさしくて、いつもわらってたよ。それでね、はるかにいろんなことをおしえてくれたんだよ。」
一生懸命になって健太君に話します。
「そうなんだ・・・。」
以外そうな顔ではるちゃんを見ます。
「?」
はるちゃんにはけんたくんの考えていることがわかりません。
「いや、俺知ってる自分とはだいぶ違うなと思ってね。」
ははっ、と笑いながら健太君が答えます。
「なんで?いまのけんたくんもあかるくてやさしいよ?」
目をまん丸にしてはるちゃんが聞き返します。
「そうだけど・・・なんていうか、丸くなったっていうか。」
「まる?」
はるちゃんには健太君の言っていることがよくわかりません。
「はるかちゃんにはちょっと難しいかもしれないね。えっとね、はるかちゃんが前に俺と話をしたっていってただろ?それで今までよりも優しくなったってことかな。」
「ふうん。」
はるちゃんの返事はわかったような、わからないようなそんな返事でした。
それからも、はるちゃんは毎日病院に通い続けました。そしていろいろなことを話し続けました。
そして、一ヵ月後。とうとう健太君の退院の日がやってきました。
「退院おめでとう。」
先生や看護婦さんにお祝いの言葉を言われて、健太君はとても嬉しそうです。
「けんたくん。」
はるちゃんがお花を持って健太君のほうへ行きます。
「おめでとう。」
うつむきながらはるちゃんがお花を渡します。
「はるかちゃん、ありがとう。」
笑顔で答える健太君にはるちゃんが心配そうな顔で尋ねます。
「たいいんしちゃったらはるか、けんたくんにもうあえないよ?はるか、もっとけんたくんとおはなししたいのに・・・」
「そうしたら、今度は家に遊びににいらっしゃい。」
そういって健太君のママははるちゃんににっこりと笑いかけました。
「よろしいんですか?」
「もちろんです。いつでもお待ちしていますよ。」
そういうと、住所を書いた紙をはるちゃんに渡しました。
「今、母さんが言っただろ?うちに遊びに来たらいいって。」
「ほんとうにいいの?」
はるちゃんの顔が笑顔になっていきます。
「ああ。いつでも遊びにおいで。」
「ぜったいいく!」
はるちゃんは、自分でもわからないうちに健太君のことが大好きになっていたのです。そして、はるちゃんはもっと健太君のことがもっと知れたらいいのになと思いました。
end
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